おかやまハンセン病啓発WEB ハンセン病を正しく理解するために ~みんなで描くひとつの道~

歴史

1192年〜1603年
[時代背景]

「忍性」1217年〜1303年

 鎌倉末期の律宗の僧。大和の国(現在の奈良県)に生まれました。後に叡尊を師として出家し、生涯にわたり社会福祉事業に貢献していきます。
 中でも、ハンセン病患者に対する救済活動も積極的に行い、わが国最古の救らい施設「北山十八間戸」(奈良県)を創設したことでも知られています。後年は鎌倉へ移り住み、光泉寺、極楽寺を開きました。当時の鎌倉幕府からも信望を得てさまざまな慈善活動を行いましたが、1303年、87歳で死去しました。没後後醍醐天皇から菩薩号が与えられました。

「一遍」1239年〜1303年

 鎌倉中期の僧で、時宗(浄土宗の一派)の開祖。円照大師。
 伊予(現在の愛媛県)に生まれ、10歳で仏門に入りました。諸国を行脚しながら修行を積んでいきましたが、36歳のときに熊野本宮で啓示を受け、「南無阿弥陀仏」を唱えればだれでも往生できると悟りました。またの名を遊行上人といわれるように51歳で亡くなるまで、念仏札を配りながら各地を巡り、念仏や念仏踊りを広めていきました。
 当時、仏罰の極致とされていたハンセン病に対しても、ハンセン病患者はすでに罰を受け、清められ、現身のまま仏になれる者であるとして信徒と認め、布教の対象にしていたといわれています。彼の遊行の生涯を描いた「一遍上人絵伝」には、彼の死に殉じ、入水往生を遂げたらい病患者が居たことも記されています。

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